私の成分

今の私はこうやって出来あがったとさ。

かわいくなりたい②

「男の子だったら良かったのに」という言葉は、意外といつまでも引きずるものだ。
「女らしくない」って意味だと思い込む。

思い起こせば、小1まではスカートも穿いていた。スカートめくりなんてのもされていたな。

スカートを穿かなくなったのは、小2の時、髪をめっちゃ短く切ったからだった。
小学校低学年なんて、第2次性徴期前。男子も女子も分からないからこそ、男子は髪は短く青っぽい服、女の子は髪は長服はピンク系を選ぶんだと思う。
そっか、なるほど。書いていて腑に落ちた。自分に男である、女であることを刷り込む為のものだったのか。

しかし、ピンクや赤は似合わないと、早目に気づいてしまったらどうなるんだろう?(いや、似合うというか、ピンクより青が好きって事実か)

好きな色を着ているだけで、周りが責める。「男の子の色なのに〜」ますます、自分は男の子だったら良かったのにと思い込むよね。

そんな子どもだったなぁ。



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かわいくなりたい

赤ん坊の頃から男の子に間違えられていた。

まゆ毛の太い子で、鼻が上向いた子だった。ほっぺたがモリモリしていて、鼻が埋まっていたらしい。

田舎の農家の長男の、初めての子だから、また男でも女でも喜ばれたのである。

そんな田舎の箱入り娘は、どこか女であることに罪悪感を持ちつつ、さらに自分の容姿に自信が持てずに、育っていった。

可愛いよりも、働く人間であることが喜ばれる環境だった。

私は褒められる子ども、自慢にされる子どもを目指した。
実際「偉いね〜」と言われる子どもであった。

可愛いと言われたことはなかったと記憶している。男の子だったら良かったのにねぇと言われることはあっても。






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君の往く道は7

国家試験に受かって、一年半の美容師生活に終止符を打った。

なんとかそのまま仙台で生活していこうと思って、喫茶店でアルバイトを始めた。
そこは自分がよく通っていた喫茶店だったのだが、辞めたことを話したら、働かないかと誘われたので、話に乗っかった。(ふむ、やっぱり今も変わらないな)
しかし、すぐにマスターに手を出されそうになり、行くのをやめた。今の時代なら、訴えることができるかもしれないな。

もう・・・色々と情けなくなった私は、実家へ戻ることにした。

その先はここへ繋がる。
神戸在住になった訳 - 私の成分

神戸へ行ったことで、再び美容師を続けることになったが、本当は違う仕事でいいのに・・・と思っていた。
しかし、ジローさんに気を遣って言えなかった。私の為を思っていってくれるのだろうからと。

しかし、それは嘘だ。気を遣ったのではない。
ただ嫌われたくなかっただけ、相手にいい顔をしたかっただけだ。(結局、たった一年半で別れてしまったし)

その時は、美容師を続けなかったら神戸に残れなかっただろう。親を納得させる為の手段だった。

初めからそういう いい加減な気持ちでの再スタートだから、いつもやりたくない事をやっていると無意識で思っていたのだろう。

表面上は美容師になりたいふりをして、それは必死にやりましたよ。
シャンプー、ワインディング、ブローにカット、着付け・・・講習会へも行ったし、やってきたつもり。そう、「つもり」だったのだ。周りに見せるための頑張り。
だから不満ばかり。その不満を周りのせいだと思っていたが、店を変わることで、全て自分の思考と態度がそうさせていたとはっきり分かった。

書けば書くほど、情けない自分が浮かび上がってくる。

辛いので、今日はここまで。いや、もう書く事もないか。この先はコチラで。http://sorominoko.hatenablog.com


f:id:sorominoko:20161024150826j:plainこうなれるよう、努力中。