私の成分

今の私はこうやって出来あがったとさ。

神戸在住になった訳。11

ジローさんの実家にお世話になることになり、私は酷く緊張した。 そこには既に、ジローさんのお父さんかお母さんの知り合いの人が、赤ちゃん連れでお世話になっていた。 赤ちゃんや小さい子やペットがいると、どんな辛い時間や空気も中和される。小さな生き…

神戸在住になった訳。10

今思えば無茶だが、テレビをつけてみたのだ。 すると電気がまだ通っていたらしく、画面が明るく光った。 そこに映し出された光景。 ここは何処だろう? 倒れた阪神高速、煙が上がる街。 バラバラとヘリコプターの音、興奮したアナウンサーの声。 不思議なも…

神戸在住になった訳。9

1995年1月17日午前5時46分。 地響きで目が覚めた私は、「地震!地震!」と叫びながら布団を掴み、為すがままに突き上げられた。(目が覚めた時、何故か 頭は布団の中にあった) 蓋した箱を上下にシェイクされているような振動。 小2の時、宮城県沖地震も経験…

神戸在住になった訳。8

ついにジローさんと一緒に暮らすことを、両方の親と先生に許してもらい、初めて会ったあの年季入り二階建て文化住宅に住むようになった。大家さんにも二人で住む事を告げると、ご祝儀を頂いた。今となっては申し訳ない。 どれくらい一緒に住んだのだろう? …

神戸在住になった訳。7

一度、両親と 新幹線で実家へ帰り、荷物をまとめて再び 神戸へ。 まずは、先生のお宅で寝泊りさせてもらった。 本当はジローさんとすぐ暮らす方がいいと思ったが、先生は昔ながらの人で、美容師の勉強に来てるんだからそこはちゃんとしろと。(余談だが、ずー…

神戸在住になった訳。6

しばらくすると、文化住宅の大家さんから契約した以外の人が住んでるようだがどうなっているのか?とジローさんの親に連絡がいったらしい。大家さんは文化住宅の裏手に自宅があり、私が仕事が休みの日に、窓を開けて掃除したりしていたから、不信に思ったの…

神戸在住になった訳。5

バスに乗り、電車に乗り、やっと着いた仙台駅。そこにはジローさんが待っていた。 その時の記憶はあまりない。 ただ、誰にも何も言わず、手紙も残さずに出て来たことを話すと、手紙は書いておいた方がいいと言われ、「ごめんなさい」と書いた葉書をポストに…

神戸在住になった訳。4

決行の日、私は普段通り仕事をしていた。 その頃の私の実家は縫製工場をしていて、従業員5人と家族で切り盛りしていた。 心の中は嵐だったが、何食わぬ顔をしてミシンに向かっていた。 いよいよ時間が来たとき、私はふらりと立ち上がり、外へと出てゆき、目…

神戸在住になった訳。3

初めての飛行機、初めて神戸。知り合い(今はもう名前さえ覚えていない)が、大阪空港に車で迎えに来てくれた。 スーツを着ていて、(似合わないなぁ・・・)と思ったことを憶えている。 伊丹空港から神戸へ向かう車の中から見た景色はビルだらけで、神戸市内に入っ…

神戸在住になった訳。2

かかってきた電話の相手は、高三の時に知り合いだった男の子で、「今 神戸で仕事してる、遊びに来ないか」というものだった。「えーでもお金ないし」というと、飛行機代を出してくれるという。 ラッキー♪と思って、行く約束をした。一泊だったけど、旅行なん…

神戸在住になった訳

1992年10月16日、22歳の誕生日。 私は宮城の田舎から、神戸へとやって来た。 ジローさんに手を引かれて。 仙台で美容師になるべく働いていた私は、美容師免許を取得はしたが、仕事が嫌になり、仙台から実家へ戻り 家事手伝いをしていた。バブルの終焉時期だ…