私の成分

今の私はこうやって出来あがったとさ。

神戸在住になった訳。5

バスに乗り、電車に乗り、やっと着いた仙台駅。そこにはジローさんが待っていた。

その時の記憶はあまりない。

ただ、誰にも何も言わず、手紙も残さずに出て来たことを話すと、手紙は書いておいた方がいいと言われ、「ごめんなさい」と書いた葉書をポストに投函したのは覚えている。

何故 何も言わずに出て来たかといえば、当然 反対されるだろうと思ったからだ。
そして、親を説得するほどのパワーは私にはなかったから。
私はいい子ちゃんだった、だから必ず丸め込まれるであろう姿が目に見えたからだ。

 

ここから先は、記憶があやふやで、少し捏造しているかもしれない。もう20年以上も前の事だから。

 

神戸へ着いてから、しばらく(そんなに長い間じゃない) 三人であの文化住宅で暮らした。

私は昼間、家でじっと閉じこもっていたが、掃除したりご飯は作ったりしていた。

 

仕事を探すという段になって、「俺が行ってる美容室の先生に事情を話して、紹介するから」とジローさんに言われ、面接を受けに行ったのが今の店(そうその店で未だに働いているのだ)である。

本音では「もう美容師やりたくない、美容室じゃなくて良いのにな 」と思ったが、それを言えずに面接を受けに行った。

先生と奥さん、従業員が二人、アルバイト二人、椅子が四台、シャンプー椅子が二台ある地下の店だった。先生は35歳、奥さんは29歳位かなと思ったら、もう40と34だと聞いて驚いた。実年齢より5歳は若く見える二人、これは未だに変わらない。

話が逸れたが、その頃の私はまだシャンプーしか出来なかった。だから再び美容師の修行が始まる訳で・・・

辛かった。


続*