私の成分

今の私はこうやって出来あがったとさ。

神戸在住になった訳。8

ついにジローさんと一緒に暮らすことを、両方の親と先生に許してもらい、初めて会ったあの年季入り二階建て文化住宅に住むようになった。大家さんにも二人で住む事を告げると、ご祝儀を頂いた。今となっては申し訳ない。

どれくらい一緒に住んだのだろう?

もう、あまり覚えていないのだ。

ただ、ジローさんは本当に優しい人だった。一生懸命 私を大事にしてくれた。それは疑いようもない。

私がこうしたいなー、あれが欲しいなーなんて、ボケーッと考えていると、「コーヒー飲みたいんやろ?」と言い当てられることがよくあって、いつも驚かされた。
なんでわかるの!?って聞くと、「おでこのとこに、ピピピーって浮かぶねん」って。エスパーか!?

そんな彼に、私は子供のように甘えていたんだと思う。

 

ある日、食器棚を買った。

上の方がガラスで観音開きの、ちょっといい棚だった。

下方の引き出しを開けると、地震対策用の金具が入っていた。

「これいる?つけた方がいい?」
「いや、大丈夫やろ。こっち地震ないし」

 

その時 初めて気づいた。
そういえば、揺れてない。

東北はしょっちゅう小さく揺れていたから、それが当たり前だったが、関西に来てからはさっぱり揺れない。

(関西って地震がないんだなぁ)

そう呑気に考えていた。


 

食器棚に食器を綺麗に並べて、その日はルンルンだった。新しい物が手に入るのは嬉しく楽しかった。さあ、新しい二人の生活が始まるぞーってウキウキしていた。


人は未来を観れない。それはきっと幸せな事なのだろう。

続*