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私の成分

今の私はこうやって出来あがったとさ。

神戸在住になった訳。9

神戸在住になった訳

1995年1月17日午前5時46分。

 

地響きで目が覚めた私は、「地震地震!」と叫びながら布団を掴み、為すがままに突き上げられた。(目が覚めた時、何故か 頭は布団の中にあった)

 蓋した箱を上下にシェイクされているような振動。

小2の時、宮城県沖地震も経験していたが、あれとは違う。初めて地震で死ぬかもしれないと感じた。

突き上げられる中で私は「地球は終わりだ、人間が自然を破壊したからだ」と考えていた。(寝る前に「平成たぬき合戦ぽんぽこ」を観たせいだと思う)

揺れが収まってから、電気をつけようと立ち上がり、その場所にあるはずの引き紐を探したが、ない。

ジローさんに「電気つけろ!」と怒鳴られたが「ないんだってば!」と怒鳴り返した。ふたりともパニくっていたのだ。後でわかったが、電気の傘ごと引きちぎれて吹っ飛んでいたのだ。

とにかく外に出なければと、暗闇の中を玄関へ向かい(ジローさんは途中、足を切っていた)、ドアを開けようとしたが、開かない。

よいしょ!と力一杯押して開いてみれば・・・何処かでガス漏れの警報音、全ての灯りも消えて暗かったが、薄明かりで見えたのはすべて倒れたアパートの前のブロック塀。崩れた前の家の塀や壁・・・

その光景に、酷く脱力したのを覚えている。

 

この先は・・・どうしたっけ?

そうだ、電話をしたんだ。
田舎に電話をしなきゃ、皆無事なのかって。

今は地震が起きると、すぐ電話が繋がらなくなるが、あの時は繋がった。(携帯はまだあまり普及していなかった)

 

受話器を取ってダイヤルを押す。

・・・出ない。

ハタと気づいた。そうだ!まだ、皆 寝てる時間だよ!

そうこうしてるうちに、妹から電話が掛かってきたのだ。

仕事が早番だから、起きてテレビをつけたら、神戸が大変な事になってる!お姉ちゃんは無事か!?

「うん。大丈夫だったから。お母さん達に言っといて」

そう頼んだので、その後両親や親戚は私の生死の心配はしないで済んだようだ。

この妹には、東日本大震災でも 何故か一番に電話が繋がったのだが、これはまた別の話・・・。

 

続*