私の成分

今の私はこうやって出来あがったとさ。

神戸在住になった訳。13

田舎でのんびりした私は、神戸での生活がまるで夢だったように感じていた。

どうしよう、もう帰りたくない。

でも、自分だけ震災や面倒事から逃げてきた罪悪感があって悩んでいた。
私がこのまま神戸へ帰らずジローさんと別れたら、ジローさんの家族や、先生夫婦にボロクソに言われるんだろうなぁと考えて怖くなったり、でもだからこそ帰りたくない!と考えたり。

その時、父親に言われた言葉はこうだ。
「帰らなかったら、向こうでどんだけ悪く言われてても聞こえないんだから、平気だ」

はぁ、そうだよね。
でも、人間としてそれでいいのか?父よ。

 

そう言われたが、やはり私は、思い切って電話をした。

「もう神戸へは帰りません。別れて下さい」

それはそれは、大変な衝撃だったと思う。ジローさんにとって。


「別れて下さい」

そう告げた時、ジローさんがどう返答したのか。

思い出そうとしたが さっぱり出てこない。自分が人を傷つけたことを忘れようとした為かもしれない。

ただ、ジローさんのお母さんに「戻って来ないってどういうこと?」と聞かれた気がする。

「別れるということです」

「あなた勝手ねぇ」

そんな会話だったと思う。

結局、私はもう一度神戸へ戻ることにした。
ジローさんに「先生達にはお世話になったんだから、俺の事はともかく先生達にはちゃんと会って挨拶せなアカンやろ」
と言われたからだ。

私はなるべく筋を通さなければと考える質らしい。やってることは滅茶苦茶なのだが。

もう一度戻った神戸。
戻ってくると、やはり一年半の月日は夢ではなく、死ぬかと思った震災も、やはり夢ではなかった。

先生達は新しい店舗を出さなければならず、忙しそうで大変そうだった。

やっぱりこの辺りの記憶がない。
どうしてたんだっけ?

 

覚えてるのは、新しくなった店には先輩達がいなくなり、なんだか開放感があってまだ働けると思ったこと。

そしてもう一度ジローさんと、やり直すことになったこと。

 

今では その決断を(馬鹿だったな)とは思うが、人生は選択の連続だ。

その時は「もう少しやってみよう」そう決めたのだった。


続*