私の成分

今の私はこうやって出来あがったとさ。

神戸在住になった訳。番外編2

私が神戸へ飛び出したのが、1992年10月16日。

この日のほんの少し前に、男友達が交通事故で死んだ。
9月23日だったから、ひと月も経ってなかった。

その子は高校の同級生で、小柄で仔犬のように私の周りでウロウロして、卒業後もよく遊んでいた。告白もされたが、残念ながら弟のようにしか思えず、友達のまま。だからこそ、今もこうして記憶に残っているのだろう。

 

その日 私は実家の縫製工場で仕事中、流れるラジオのニュースで、その事故を知った。

その子は自衛隊に勤めていて、明け方に駐屯地に帰る途中だったらしく、早く帰らねばと焦っていたのか、物凄いスピードを出していて、何故か見晴らしの良い道路なのに、ガードレールを擦り、電柱に激突したらしい。

ニュースでは、「首の骨を折り重体」だと言っていた。

私はドキドキする胸を抑えつつ、別の女友達に電話した。
「ラジオでこう言ってたけど、ホントにあいつかな?」
友達は誰かに聞いてみるわと、電話を切り、暫くしてかけ直してくれた。(事故った子とその友達は、同じ町内だった。田舎の連絡網は凄いのだ)

「ホントみたい」
今 どこそこの病院の集中治療室にいるって、と告げられたが、ただの友達が会いに行けるはずもなく、次の日「亡くなった」と連絡があった。

私はお葬式には行ったが、その時は既に遺骨だったから、遺影でしかその子を見ていない。
ただただ、悲しかった。
私ら若いのに、まだまだこれからなのにと腹が立って、本当にもう居ないのか?と、泣けて泣けて仕方が無かった。

私の彼氏と亡くなった友達は、中学からの知り合いだから、彼氏は 何人かの同級生と一緒にお通夜に行ったそうだ。顔も見て、最後の別れをしたと告げられた時、私は理不尽にもキレたのだった。

*続