読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

私の成分

今の私はこうやって出来あがったとさ。

若気の至り3

自殺未遂を起こされて、見ず知らずの他人に責められ、心では悪態をついた私だが、さすがに経験の少ない高校生である。

段々このままでいいのだろうか・・・と不安になってきて、とうとう親に相談することにした。

勿論、両親さらに祖父母も吃驚。

その後、親が相手にコンタクトをとったのかどうかは分からない。多分、様子見だけで何もしなかったと思う。
私には、しばらく謹慎のような感じで大人しくしていなさいと。
(と言っても田舎だし、本来遊んでいた訳でもヤンキーだった訳でもないのだから何も変わらない生活だった)


どの位経ってからだろう?再びOから(呼び捨てw)手紙が来るようになった。

またまた吃驚。

今は仙台に住んで予備校に通っているというのだ。(注*私は石巻在住だった)

そして、延々と書き連ねられた怨み辛みの言葉。それが何度も何度も送られてきた。

卑怯なのは、自分の住所は教えないのだ。私がいくら手紙に反論したくても出来ない、いや、させないためか。

お前はひどい人間だ、そんな人間は幸せになれないと、繰り返し繰り返し書いてくる。


地味にそのパンチは効いていたんだなと、今 思う。
幸せになってはいけないと、刷り込まれた気がするのだ。
その後 何度恋愛しても、「私は酷い人間だから」ともう一人の自分が囁き、冷めた目で眺める様になっていった。


手紙が一方的に送られてくるのは、どれくらい続いたか、何通来たかは忘れた。
それが高校三年の頃だった。

心配した親が、勝手に中身を開けて見られた事もあったが、いつからかあまり手紙も来なくなり、再びホッとして段々存在を忘れていった。


その後、私は高校を卒業して仙台の美容学校へ入学、学校の寮に住む事になった。(普通の3LDKのマンションに8人で住むことに!)

これから始まる新しい生活。
どんな事が待っているのだろうとワクワクしていた。当然だ。
部屋が狭くても、実家から開放されて自由になれたと嬉しかった。




しかし・・・
新しい住処の前に、あの男が立っていた。




*続